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如来蔵思想

如来蔵思想について

如来蔵思想とは

私の立脚する仏教は、如来蔵思想に基づいた大乗仏教です。

如来蔵思想は大乗仏教の代表的な思想ではありますが、中観派や唯識派などのように、
特定の学派によって専門的に研究・実践されてきた思想というわけではありません。
如来蔵思想は、インド仏教の中で起こった思想潮流でして、大乗仏教思想のひとつの典型として、
大乗の様々なグループで共有されて来た根本思想のひとつと言えます。
日本では「山川草木悉皆成仏」あるいは「山川草木悉有仏性」を標榜する天台本覚論が
鎌倉時代以降の日本仏教に多大な影響を及ぼしましたけれど、
これらの思想の根底にあるものも、その淵源が如来蔵思想であることは疑えないところです。
…無論、直接には『大般涅槃経』の仏性思想の影響が大きいのかも知れないですが…。
また、空海密教における即身成仏思想も、如来蔵思想の展開を無視して論じることは出来ません。

持仏・水波阿弥陀如来 

さて「如来蔵」という用語について、法蔵館の『仏教学辞典』には、
すべての衆生の煩悩の中に覆われ蔵されている、本来清らかな(本性清浄なる)如来法身のこと。
如来蔵は煩悩中にあっても煩悩に汚されることがなく、本来絶対に清浄で永遠に不変なさとりの本性である
とあります。
まずは穏当な定義ではありますが、如来蔵とは
煩悩の中に覆われ蔵されている、本来清らかな(本性清浄なる)如来法身
ですから、凡夫が凡夫のままで認識できる性質のものではないことは留意しなくてはなりません。
つまり、絶対一元の次元でのみ真に顕現する(…という表現も変ですが)何かですので、
認識レベル・言語レベルでの「定義」は、あくまでも「仮」のものであり、
本質そのものを指示していない事…実体論に陥らないためにも、これは大切です。
『大乗起信論』には「言によって言を遣る」と言いますが、まさにそれです。

尚、「如来蔵」という漢訳語からは、「如来を入れる蔵」というニュアンスが感じられますが、
来清らかな(本性清浄なる)如来法身という定義からすると、少し違和感のある言葉かも知れません。
むしろ「仏性」と言った方がすっきりするでしょう。
事実、岩波『仏教辞典』には「仏性と同じ」と書かれています。
しかし如来蔵には仏性とはニュアンスが少し違うものが示唆されていると、私は思っています。

サンスクリットでは、如来蔵は「タターガタ・ガルバ」といいます。
タターガタは、サンスクリット辞典によると
being in such a state or condition
あるいは
Buddha
で、ここでは後者の意味になります。漢訳語では「如来」と漢訳することが多いでしょう。
ガルバは、
The womb, the belly
です。これは一般には「子宮・胎児」という意味になります。
つまりタターガタ・ガルバは、サンスクリットでは属格限定複合語として「如来の胎児」、
もしくは所有複合語として「如来の胎児を有する(衆生)」あたりが妥当なものになると思います。

ところでガルバには「子宮・胎児」という両面の意味があります。
「ガルバ」という語にはそちらの意味が含意されていると思われますので、
訳語としての「蔵」にも、両面の意味があるのは当然です。
つまり如来蔵を単に仏性と訳してしまうと、「可能性の内在」の意味がクローズアップされる反面、
「成長する=修道論」の意味が欠落してしまう危険性があるのでしょう。

「仏性(ブッダ・ダートゥ、あるいはブッダ・ゴートラ)」は、
成仏の「因」としての仏性が我々に内在することを単に示すものであることに対し、
「子宮・胎児」両面の意味を示す「如来蔵」は、
我々が「如来の胎児を有すること=仏性を持つ」であるとともに、
「如来の子宮に蔵されている存在である=自らが胎児として成長していく存在」ことをも示し、
修行の必要性・成長の必要性を喚起する点において、微妙なニュアンスの違いがあると言えます。

◆如来蔵思想系の主な経論◆

如来蔵思想の仏典は有名なもの、無名のもの、たくさんあります。
そのうち、経典としてもっとも重要なのは『如来蔵経』と『勝鬘経』、
論書であれば『宝性論』『大乗起信論』です。日本では『仏性論』も重視されました。
しかし、他の経典や論書(阿含から浄土・密教経典迄)もすべて如来蔵思想を基準とした読みができますし、
「如来蔵派」の立場に立つのであれば、そのような会通の読み方こそが「正しい」と言えます。
なぜなら、本質的に世界は如来蔵であり、ブッダの「覚」は如来蔵の自覚であると、
そう信じて実践するのが、如来蔵派仏教徒の基本的態度であるからです。
たとえば唯識・中観思想を積極的に取り込んで如来蔵思想の視点で消化したものが『大乗起信論』で、
如来蔵思想の通大乗的ありかたのひとつの典型を示すものとして重要なものと思います。
また「無量寿如来根本陀羅尼」「阿弥陀小呪」を私は日常に依用していますが、
これも如来蔵思想を前提とした「陀羅尼・真言念誦行」としての浄土仏教という面を持っています。

以下、中村元『インド思想史 第二版』(岩波全書)pp.177-178の記述を参考にしながら増補し、
主要な如来蔵思想の経典・論書を時期的に3期に分類しました。

【先駆経典】
 ・華厳経如来性起品
 ・法華経
【第1期】
 ・如来蔵経
 ・不増不減経
 ・勝鬘経
 ・智光明荘厳経
 ・大般涅槃経 
 ・央掘魔羅経
 ・無上衣経
 ・大法鼓経
【第2期】
 ・大乗荘厳経論
 ・仏性論 
 ・摂大乗論釈
 ・宝性論 
 ・法界無差別論
【第3期】
 ・楞伽経 
 ・密厳経
 ・大乗起信論 
 ・(円覚経)

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